隣の家の解体作業と木の命日

数日前から、隣の空き家の解体作業が行われている。朝8時前からダンプカーは数台出入り。軽油の排気がプンプン漂うため、うちの換気口は、作業が終わるまで閉めている。ショベルカーみたいな、はさみのついた重機が一台。取り壊されていく家。そこまでは、まだ心痛くないけど、一つ残念なことがあう。多分、残念だとセンチメンタルになっているのは、更年期で生理前症候群でメンタルがやられている、この私だけである。それはキンモクセイの木と、梅の木が切られてしまうことだ。キンモクセイの木には、スズメが住み着いていて、毎朝ちゅんちゅん聞こえてきたのだ。スズメだけではなく、メジロにヒヨドリに、冬にはジョウビタキまでやってきて、スズメに追い出されていたのだ。そうそう、オナガもよく来ていたっけ。鳩も、カラスも、ああ、書けばきりがない!とにかく野鳥の憩いの場であった。そして花が咲けば、あのすてきな香りが漂ってきて、それだけでもほっこりしたものだ。そして、梅の木。本日切られると思われるが、昨日の時点で、枝先にすでにいくつかの花が咲いていた。ああ、きられてしまうのか…。私は、樹木の寿命って、切り倒されたら終わりなのかどうか、考えるだけでも切なくなる。なぜなら、人間の勝手でそこに根を張ることになり、大きく成長して、花も満開にさせることができる、立派な梅に成長したわけである。それを人間に当てはめてみたらどうか。ちょうど、働き盛りの40代といったあたりか。これからもまだまだ働きまっせ!という熟練感を出しつつ、吸収していく受け皿もある世代。あの梅の木もそのくらいなのではないだろうか。切ない。それを、チェーンソーで切られてしまうなんて。そこで梅の木の人生、いや、木生が終わるなんて。
ん?ちょっと待って。うちの家も、住む前は誰かの家で、取り壊して建った家田。つまり、うちの家を建てる前にも、庭があって、草木が元気に生えていたはず。
少し目が覚めた。うちの庭にキンカンの木がある。遠い未来に、このキンカンもチェーンソーで切られるのだろうか!?考えたら、終わりが無くなりそうだ。
とにかく、梅の木は明日確認してみよう。